●「理論的に行くのはもう辞めよう」

 

今まで僕は、何をするにも理由がないと出来ない人間だったのかもしれない。

日々生きていて、例えば自分が傷付くようなことがあったりするとする。

そういう時、自分は何か必ず自分にいいわけを見つけて自分は理論的に正しいことを証明してそれをやり過ごしてきた。

今は人生、生きていて正しい事なんてないと思う。

どんな事実でも裏を返しても正当な理由になる正しさもある。

というより、どんなことであってもその人が正しいと思えばそれが正しいわけである。

どれかが間違っていてどれかが正しいというわけじゃないとすると、結局は何もかもその人次第である。

その人が何を思っていようと、人の事は否定できるわけ無いし否定しても仕方がない。

理論的に行くというのは結局は無駄なこと。

自分で正しいと思っているからってそれを相手に押しつけたところで結局何の解決にもならない。

その裏を返しても、自分で納得できるのだから。

結局今まで自分が理由とかそういうものにこだわってきたのはただ単に自分に自信がなかったからなんだろう。

何か人とぶつかったときに、理論的に相手を追い込むのは簡単なことだ。

でも、それより、自分が納得できなくてもそれはそれと相手を認め、自分は違う意見だと自分の心の中ではっきりと持っていた方がいい

それに、理論的に行けばどっちも正しいと思えるなら、この人はただ単に自分と違う考え方なんだと思うだけで、それ以上の意見の押しつけ合いなどはどうでもよく思えるだろう。

●「自分は何でも出来ると信じるより、自分は何もできないと認めた方がいい」

 

自信を持つことは人生の上で必要なことなのだろうか?

それより、何もできないと認めた上で何かをやろうとする勇気の方が何倍も大切なような気がする。

 

 

●「くだらないと思う物。それが人生」

 

見た物、聞いた物の中、くだらないと自分で判断を下す事柄がある。

でも、自分がもっともらしくやっていることの中でも、人によってはそれをくだらないと判断する人もいるだろう。

それを考えていくとどんなことでも、結局はくだらないことなんだ。

まともな事なんて何一つ無い。全部がくだらないこと。その中で、自分がやりたいくだらないことを選んでやる。

初めから何事もくだらないと考えて物事に取り込めば、その方が何でも気楽に前向きに取り組めるのでは無いだろうか。

 

 

●「死なない限り、道は続いていく」

 

とりあえずどんなに先の見えない大きな壁に突き当たっても、どんなに悩んでいても、生きていれば時間は流れそれも過ぎ去っていく。

いずれ、決断を迫られるときも来るだろうし、苦痛も乗り越えなければならない。

死なない限りそれは訪れるのだから、今、それに向かっていってみてはどうだろうか。

●「とりあえず余裕を持て」

 

生きていけば、緊張することをやらなければならないことがある。

人前で話さなきゃならないときとか、初対面の人と会うときとか。

そんなときに、その前に色々と考えて自分を平静に保ってからそういう場面に挑むだろう。

でも、いくら平静を保ったつもりでも、やっぱり焦りとかは出てきてしまうものだ。

それは、よりよい結果を出そうとする以上仕方ないものである。

だが、そういう焦りとかはいい結果には結びつくことは少ない。

そして失敗することもあるだろう。

失敗したときは、あそこをもっとこうすればよかったという気持ちは出てくるはずだ。

終わってしまえば、たいしたことでさえなかったなとすら思えてしまうものである。

だから、そういう物事は最初から失敗したという前提で物事をはじめるとマイペースでいけるし、以外とよい結果につながるだろう。

ということなんですが、以外とそうも行かないのが難しいところですよね。